メディア資本主義の出現
テレビ・メディアのごく自然な利用に独自な重要性を付与すべきでしょう。
それは神経症的な関心とまでは言いませんが、まったく特異な関心です。
政治権力はテレビ・メディアにこの関心を寄せています。
テレビ化されたコミュニケーションは、わたしたちの社会統合にとって本質的なものとなりました。
ただし、それはこのコミュニケーションの潜在的な宣伝機能に関してというよりもむしろ、このコミュニケーションがメッセージの内容から独立にそれ自体ではらむものに関してです。
候補者であれ現職であれ、男女の政治家ははたしてコミュニケーションの手段に無関心でいられるでしょうか。
コミュニケーション手段によって、政治家は数多くの聴衆を確保することができます。
学校の屋根付き運動場[選挙演説会場]、ダンスホール、宴会場、新聞記事において10年間訴え続けたとしても、なかんずくかれらの思想と存在をいくら積極的に表明したとしても・・・
テレビによるほどの聴衆を確保することはもはやできないでしょう。
わたしは最近いらないテレビを不用品 買取にて処分いたしました。