たべる・だべる
むしろ、鎮火したあと扉を開いたときに外部から酸素を供給する形になって高熱が残っていた内部のものが発火した、という話は聞いたものです。
むかし、一ツ星の兵隊の時、部隊の火薬庫の歩哨に立ったことが何度かあるでしょう。
歩哨の守則というのがあって、ウロ覚えですが火災警報があったときは、土を水でねって窓や出入口の扉と建物の隙間にぬりこむこと、むしろを壁にある釘に掛けて水を注ぐ、という極めて原始的な方法ではなかったかと思います。
そのころ、東京や内地の各地は敵機の爆撃にさらされ、貴重な生命と財産はどんどん失われていたのです。
子供のころ、養家先では6畳の茶の間と呼ぶ部屋で食事をしました。
丸いちゃぶ台で折り畳みの脚。
もっとおしゃれになったものがベッド 通販などのインテリアショップで販売されているようです。
少し離れた自分の部屋で勉強をしていて、"あ、ちょっと腹が空いたな"と思うころ、ちゃぶだいの脚をひろげる音が聞こえると、間もなく食事を知らせる声がありました。
茶の間には茶だんす、長火鉢、鏡台・・・が置いてあるでしょう。
もちろん畳敷で、こたつに類するものはなかったのです。