ブルジョワによる時間支配 2
クローリーは王室海軍工廠の発展とともに、一躍大鉄工業者にのし上がった蝋人でした。
これをみると、労働者は1700年ごろにおいても1日2食しか食べていないことが分かりますが・・・
「徒弟法」の労働時間規定と比べると、1日の労働時間は1時間長くなっています。
しかも朝食、午餐の時間も1時間短縮されているから、合計2時間の過重な労働時間の延長を強いられていたことになります。
・・・そればかりではありません。
この工場で時計を所有していたのは工場の監督だけであったから、彼はときには時計を早く進ませて始業時よりも早くベルを鳴らし、仕事が始まると・・・
今度は時計の針を遅くしてベルの鳴る時間を遅らせました。
また18世紀中ごろのウェジウッドの製陶工場では、労働時間の規定は厳格で、工場責任者が定めた時刻より遅れたものに対しては、なんと2シリングの罰金と定めていました。
これはまだD&G 時計のような腕時計が一般に普及していない頃の話です。