消費と生産のメディア化 2
織機が織物を織り出すよりもはるかに正確にメッセージが練り上げられます。
素材に関しては何の迷いもありません。
つまり、ひとびとの関心を持続させるためには、当然ナルシシズムをかきたてることになります。
わたしとはなんとすばらしい存在であることか、と。
しかし素材が確かであるのに比べて、その絵模様は、テレビ以前の世代の絵かきたちの問いかけの代わりとなりうるような省察をそれほど容易に選択し、根拠づけることはできないように思われます。
文句なしに高視聴率の連続テレビドラマにおいては、「処世訓、アフォリズム「俗言]、そして命題が、相互的連携の省略や削除や短縮を利用している」ように思われます。
また、テレビ番組の愛好家その大多数は女性であるは「依然としてたんに事実を確認し、偶然に身をゆだねるだけであり、いささかも深刻ではない」ように思われます。
・・・要するに、[テレビという]新しいアヘン、テレビ画面への隷属は、(技術進歩による)新しい《律法の石版》に書きこまれるのではけっしてなく、わたしたちの比較的古い宗教儀式によく似た論理をもっているのです。